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札幌高等裁判所 昭和57年(う)137号 判決 1983年9月12日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人組村真平、同藤本昭夫提出の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

被告人両名に関する訴訟手続の法令違反の控訴趣意について

所論は、要するに、原判決挙示のQRY受信用紙謄本には証拠能力がないのに、原判決がこれに証拠能力を認めたのは違法であり、また本件のような違反操業事件の検挙、処罰は捜査官の現認あるいは現場検証によることが必要であるのに、原判決がそのような現認又は検証による資料によらないで原判示の事実を認定したのは不当であり、原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで、記録を精査し当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、原判決挙示の関係各証拠に当審証人高津正の証言及び司法警察員二ツ山孝一作成の捜査報告書謄本を総合すると、本件当時、緊密な無線通信連絡によつて海難事故を防止しかつ漁獲の向上を図るなどの目的で「北海いかつり船団」が組織され、同船団所属の各漁船は毎日定時にその操業位置、漁獲高等を略語表ないし暗号表を用いて無線電話で通信し、受信内容等を船団から配付を受けた所定の受信用紙に記載することにしていたこと、所論指摘のQRY受信用紙謄本の原本は、同船団所属の第二一福聚丸の漁労長であつた石田鉄雄が、船長兼通信士であつた佐藤章とともに、右定時通信の際、その受信内容を所定用紙に記載して作成したものであること、したがつて右QRY受信用紙は、石田及び佐藤の右業務の遂行過程において規則的かつ継続的に記載されたもので作為等の入る余地がすくなく、正確な記載が予想される書面であると認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はなく、このようなQRY受信用紙は刑事訴訟法三二三条二号該当の書面として証拠能力を有すると解するのが相当である。次に、右受信用紙の謄本の作成経緯をみると、前掲各証拠によれば、前記QRY受信用紙原本は、石田によつて保管されていたところ、司法警察員北村利雄が石田らに対するいかつり漁業等の取締りに関する省令違反被疑事件の証拠として捜索差押許可状により押収し、司法警察員本川克己が電子コピーを使用して複写し、謄本である旨の認証文を付して作成していること、また前記QRY受信用紙原本自体は、石田らに対する前記省令違反の被告事件の証拠として使用された後、同人に還付されてしまつて本件で提出することが不可能となつたことなどが認められ、以上によれば、本件QRY受信用紙謄本についても、原本に準ずる書面として、証拠能力を肯定すべきものである。また、所論は本件のような違反操業事件の検挙、処罰については捜査官の現認あるいは現場検証による手続が必要であるというが、刑事訴訟法上そのような手続を要すると定めた規定のないことはいうまでもなく、他にそのように解すべき根拠もない。原判決には所論指摘の訴訟私手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

被告人両名に関する事実誤認の控訴趣意について

所論は、要するに、原判決は被告人中村實が被告人中村水産株式会社(以下、被告会社という。)所有の原判示第三八つね丸に漁労長として乗り組み、東経一七〇度以西の規制水域内で流し網を使用していか七方三八九四キログラムを採捕した旨認定しているが、これは信用性に乏しいQRY受信用紙謄本及び被告人中村實の捜査官に対する各供述調書等を信用できるとして、事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、記録を精査し当審における事実取調べの結果を合わせ検討すると、原判決の右認定事実は優にこれを肯認することができる。すなわち、(1) 前掲各証拠などによると、本件当時、第三八つね丸を含む多数の漁船が、前記のとおり「北海いかつり船団」を組織し、各漁船は、毎日定時に、その航行位置、操業位置、操業の状況、漁獲高などを無線電話で通信し、右通信及び受信内容をQRY受信用紙に記載していたこと、第三八つね丸においても、漁労長である被告人中村實らが右定時通信を扱い、QRY受信用紙に受信内容などを記載していたが、右用紙は廃棄されたこと、しかし、同船団所属の第二一福聚丸の漁労長石田鉄雄及び船長兼通信士佐藤章が記載したQRY受信用紙の謄本が、前記の経緯で本件で取調べられ、これによると、右船団所属の多数の漁船が規制水域である北緯二〇度以北、東経一七〇度以西の海域で、いかつり又は流し網によるいか採捕の操業をしていたことを示す各漁船からの受信内容が記載され、第三八つね丸については、同船が昭和五四年七月八日函館港を出港し、同月一二日五時〇〇分に北緯四〇度〇八分、東経一六〇度五〇分に到達し、同日流し網を使用して操業を開始し、以後、同月一四日まで及び同月一九日から同月二七日まで、連日、原判示の経緯度で囲まれた水域内に位置して、操業を続け、次いで同月二八日帰港の途につき、同年八月一日函館港に帰港したこと、及びその間の航行の経路及び各日時における操業の位置、操業の状況、漁獲高などを報ずる通信を受けた旨の記載があること、(2) 原審及び当審証人石田鉄雄、当審証人高津正の各証言、司法警察員二ツ山孝一作成の捜査報告書謄本などによると、同船団においては、正確な情報交換による漁獲高の向上などを図るため、虚偽の通信に対しては供託金の没収や罰金の徴収等の制裁で臨むことにしていたこと、及び虚偽の通信を繰り返すならば船団内の他の漁船に察知されることが容易であつたことが認められ、これらに徴すると、各漁船はおおむね正確な通信をしていたものと推認されること(なお、原審及び当審証人石田鉄雄、原審証人佐藤章の各証言によると、右両名とも各漁船からの受信を正確にQRY受信用紙に記載することに努めていたこと、かつ右受信用紙謄本の全記載内容に照らすと、受信能力も十分に有していたことが認められる。)、(3) 前記QRY受信用紙謄本に記載された第三八つね丸の航行の経路、操業の状況、航行距離と航行時間と同船の速度との関係、各日時における操業位置と移動の関係、漁獲高などを通らんしてみても、とくに不自然、不合理又は矛盾する点はなく、通信内容の虚偽性をうかがわせる形跡はないこと(もつとも、右記載によると、第三八つね丸は七月一九日五時〇〇分から同月二〇日五時〇〇分までの間に、北緯三九度五三分、東経一六一度三〇分から北緯四一度〇八分、東経一六六度三〇分まで航行したことになり、この点は、当審証人中村拓造の証言などから認められる同船の航行速度に照らして、理解し難いが、他にこのような不自然、不合理な点のないことを考えると、右は通信又は受信の過程におけるなんらかの誤謬の介在によるものと推認される。)、(4) 司法警察員作成の「燃料消費量について」と題する書面によれば、第三八つね丸の燃料消費量の推移も本件QRY受信用紙謄本の記載から推知される同船の航行、操業状況に副うものであること、(5) 被告人中村實も、同人の捜査官に対する各供述調書において、本件違反操業の事実を自白し、右QRY受信用紙謄本の記載の正確性を認めるとともに、本件違反操業発覚防止のため、航海日誌及び機関日誌の改ざんをさせた旨供述し、押収してある両日誌の記載状況を検討すると、原判決が指摘するとおり右改ざんをうかがわせる点が種々認められること(なお、航海日誌の記載によると、第三八つね丸は、同年七月八日函館港を出港した後、同月一二日一二時〇〇分に北緯四〇度一〇分、東経一六一度三五分に到達し、その後も航行を続け、同月一三日一〇時三〇分に北緯四〇度一一分、東経一六七度〇〇分に到達し、翌一四日一四時三〇分には北緯四〇度二一分、東経一七一度〇五分に到達し、同日はじめて投網を開始したとされている。しかし、同船の航行速度に照らすと、七月一二日から一三日までの航行距離は理解し難い。更に、航海日誌によると、同船は、七月二六日八時〇〇分に函館港に向けて帰港の途につき、北緯四一度〇五分、東経一七〇度四八分に位置していたが、同月二七日一二時〇〇分には北緯四一度〇九分、東経一六四度二五分に到達し、更に同月二八日一一時〇〇分には北緯四一度〇九分、東経一五九度〇五分に到達したとされているが、この間の各航行距離も理解し難い。他方、前記QRY受信用紙謄本によると、第三八つね丸が七月一二日に操業を開始した旨、また最終的には同月二七日まで操業を続けた旨の通信をしていたことが明らかであるが、同船において七月一二日に操業を開始した事実がないのに操業を開始した旨、また同月二七日に操業を行つていないのにこれを行つた旨の虚偽の通信をする理由などは考えられないところであり、このことに徴すると、同船が七月一二日と七月二七日にそれぞれ操業を行つたことは否定し難い事実と認められ、これに牴触する航海日誌の各記載部分は信用し難いものと認められる。航海日誌の記載内容に、不自然、不合理な点又は事実に反する点が種々存在することは、改ざんの事実を裏付けるものと認められる。)、(6) 更に原審証人本川克己の証言などに照らすと、被告人中村實の捜査官に対する各供述調書の任意性、信用性を首肯することができ、これらの関係証拠を総合すると、原判示の事実を肯認することができる。

所論は、本件QRY受信用紙謄本の信用性を争い、その理由として、海上で記載したにしては筆跡の乱れや汚れがなく、内容的にも不自然、不合理な点や欠落した部分などがあり、後日において虚偽を記載された疑いがあるといい、また、被告人中村實の捜査官に対する各供述調書は利益誘導と脅迫による所産であつて任意性、信用性を欠き、被告人中村實の原審及び当審公判廷における各供述、当審証人中村拓造の証言、航海日誌、機関日誌並びに根室無線局交信記録によれば、第三八つね丸は規制水域外で操業していたものである旨主張するが、本件QRY受信用紙謄本について信用できることは前述したとおりであつて、改ざん等されたことをうかがわせる形跡はなく(なお、記載の欠落した部分があるが、そのことから他の記載部分が改ざんされたなどとみることはできない。)、被告人中村實の捜査官に対する供述調書が任意性、信用性に欠けるところがないことは前述したとおりであつて、航海日誌、機関日誌については前述のように改ざんされたものであつてたやすく信用することはできず、根室無線局交信記録には所論にそう記載があるが、関係証拠によれば、第三八つね丸が函館港出港後東経一七〇度以東の規制水域外に達するには少くとも五、六昼夜を要することから、会社宛にそのような虚偽の通信をしたものにすぎないと認められ、これをもつて前記認定事実を動かすに足るものではなく、また被告人中村實の原審及び当審公判廷における各供述及び当審証人中村拓造の証言は、前記認定事実と対比すると信用できず、他に右認定を動かすに足る信ずべき証拠はない。

したがつて、原判決の事実認定には、所論指摘の事実の誤認はない。論旨は理由がない。

被告会社に関する事実誤認の控訴趣意について

所論は、要するに、原判決は、被告会社が被告人中村實の本件違反操業を防止するため必要な注意義務を尽さなかつたと認定したが、これは事実を誤認したものであるというのである。

そこで、検討すると、原判決挙示の関係各証拠を総合すると、被告会社代表取締役中村一においては平生から漁労長その他に対し違反操業をするべきではない旨戒めており、また本件出漁前に、取締役中村拓造が被告人中村實に対し、規制水域内で流し網操業をしないように口頭で注意を与えたりしたことが認められるが、被告会社がした違反防止のための直接の措置としては右の程度にとどまる一方、本件出漁は、東経一七〇度以西における流し網によるいか漁が禁止されたのちの最初のものであり、東経一七〇度以東にはいかの好漁場があるとは考えられておらず、規制水域内に好漁場があると考えられていたこと、被告会社は第三八つね丸と無線局を通じて交信する機会があつたのに、操業位置、操業状況等を確認したり、これらに関し具体的な指示をしたことはなかつたことなどの諸事情が認められ、以上によれば、被告会社が本件違反操業を防止するために必要な注意義務を尽さなかつたものであるということができ、なお当審証人中村拓造の証言によると、被告会社は違反操業がなかつた場合に乗組員に対し若干の報償金を支給していたというのであるが、この程度の措置を講じていたからといつて被告会社に過失がないということはできず、原判決に所論指摘の事実誤認があるとはいえない。論旨は理由がない。

被告人両名に関する法令の適用の誤りの控訴趣意について

所論は、要するに、被告人両名は、「いかつり漁業等の取締りに関する省令」一二条の三に違反するとして公訴の提起を受けたが、原判決以前に、右省令は「いかつり漁業の取締りに関する省令」と改められ、右一二条の三の規定は削除されたため、「いか流し網漁業」は罪とならなくなつたのにもかかわらず、刑法六条を適用せず、被告人両名に対し有罪の宣告をした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りがあるというのである。

そこで、検討すると、昭和五六年農林水産省令第二八号「いか流し網漁業の取締りに関する省令」(以下、新省令という。)附則五項による改正前の昭和四四年農林省令第四一号「いかつり漁業等の取締りに関する省令」(以下、旧省令という。)一六条一項一号(一二条の三、一条一項一号)は、法定の除外事由がないのに、規制水域において流し網を使用していかをとることを目的とする漁業を営んだ者は、二年以下の懲役若しくは五万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨規定していたが、昭和五六年八月一日施行された新省令では、附則五項において、前記「いかつり漁業等の取締りに関する省令」という題名を「いかつり漁業の取締りに関する省令」と改め、旧省令一二条の三の規定(規制水域においては流し網を使用していかをとることを目的とする漁業を営んではならない。)を削除する等の改正をしているが、他方新省令二三条一項一号(二条一項、一条一項)は、法定の除外事由がないのに、規制水域において流し網を使用していかをとることを目的とする漁業を営んだ者は、二年以下の懲役若しくは五万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨規定し.更に新省令附則七項は、新省令の施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による旨規定している。

ところで、本件犯行は旧省令施行中の昭和五四年七月一二日ころから同月二七日ころまでの間に敢行されたものであり、原判決は新省令施行後の昭和五七年七月一九日宣告されたものであることは記録上明らかであるが、新省令と旧省令とを対比すると、本件のようないか流し網操業を処罰すべきものとすることに変更がなく、かつ新旧法令を通じて刑の軽重もないのであるから、このような場合刑法六条を適用すべき余地はなく、行為時法である旧省令を適用した原判決には法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。

被告会社に関する量刑不当の控訴趣意について

所論は、要するに、本件と同時期、同一場所付近で、同様の違反操業をした事犯について、函館簡易裁判所では追徴金を科していないのに、原判決が被告会社に対し追徴金三〇八三万一七一二円を科したのは平等原則に違反し、量刑として重すぎて不当であるというのである。

そこで、記録を検討すると、函館簡易裁判所が本件とほぼ同時期における同種事犯について追徴金を科さなかつたことが認められるが、一般に、ある裁判所がある事件について一定の判断を示したからといつて、特段の事由があれは格別、他の裁判所が類似の他事件について法令の範囲内において右と異なる判断を示すことは当然あり得るところであり、これをもつて直ちに違法とすることはできず、ことに、ある者がある事犯について裁量的な没収や追徴を免れたことを理由にして、他の者が類似の事犯について裁量的な没収や追徴を科され得ないとすべき法理はなく、本件において被告会社に対し追徴を科すべきか否かについては、本件違反操業の経緯や態様、被告会社の不注意の程度等の諸事情を総合勘案すると、被告会社から本件違反操業により取得した利益全額を剥奪すべきものとした原判決は肯認することができ、その他記録を精査しても、右追徴を不当とし、あるいは追徴額を減額しなければならないことをうかがわせる事情も見出せないから、原判決の追徴金が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人両名に連帯負担させることについて刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

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